昨日も今日も「ひめ」の事故現場に行った。どうしたかと思うのだが、家から出たことの滅多になかった「ひめ」が、最近外出するようになり、一週間もたたないうちの事故だった。道路を横断するときに車にぶつかったと思われる。
昔から、家を自由に出入りできるのは猫と言われてきた。昔から、猫にひもをつけて養うことは、日本人の猫に対する細やかな感情が許さなかったのである。なぜなのだろうか。
猫をよく観察すれば解るのであるが、猫は、いくらかわいがってもつかず離れずの関係を愛する。孤高である。その孤高さは、人間のあこがれとするところである。なぜなら、そうなるためには、一つの哲学(難しい意味ではなく一つの生き方への思考方法)を持たなければならなかったのである。世間の情念に流されて生きるのは優しい。しかし、猫は、それらに抗するように生きる。嫌いな者は嫌い、好きな者は好きという心を如実に現わす。そこが、猫が文学になる要因なのである。昔から、詩や俳句や小説でよく取り扱われるのは猫である。それだけ猫は人間に関わりの深い生き物なのである。
人間という生き物が、猫という生き物をこよなく愛するのはそういったところにあると思う。














