何も、哲学的に私の存在証明をするをする訳ではない。私は、今、なぜ個体としてこの世にあるのかと問
うているのである。私を分解していけば、生命のない、クヲークまで分解される。そのクヲークがいつの
時点から生命を構成するに至ったのだろうか。
糞からできた物質、猫の死骸からできた物質、アメリカ人の死骸からからできた微少物質、そこらあたり
の石ころからできた微少物質、宇宙のあらゆるものからできた微少物質、そんなものの集まりなのだと知
るとき、「私とは宇宙である」「世の中の存在はすべて宇宙である」と結論づけることになる。私の中に
は、ジュラ紀の始祖鳥の素粒子が含まれているかもしれない。同じく私の周りにいる、犬、猫は、もしか
したら王家の人間の元素をふくんでいるかもしれない。そんなことが、ふと気になりだした。
最近、人間賛歌が主張されているものだから、余計に自分の元素的組成が気になりだした。
先日読んだ本で、「人間はこの世では、他の動物より優れているので、地球を支配できるようになった」
との一節にふれたものだから、大いに憤慨し、本を閉じてしまった。
私は、人間は優秀で知能の高い動物だとは、決して思わないのである。むしろ、下等動物にも及ぶことの
できない知能しか持っていないと考えているのである。それは、人間に「意識」というものが備わったと
きから、人間は自然との調和を忘れてきたからである。
悲しいかな、私は、その意識をずっとずっと考えてきた。ヒューマニズムに毒され続け、動物界・脊索動
物門・脊椎動物亜門・哺乳綱・サル目(霊長目)・真猿亜目・狭鼻下目・ヒト上科・ヒト科・ヒト属・ヒ
ト種に属する、動物の一種である人間は、 動物界、脊索動物門 脊椎動物亜門、ネコ目 ネコ科、ネコ
属 、ヤマネコ種、イエネコ亜種 、学名Felis silvestris catus(Linnaeus, 1758)、和名 イエネコと
分類を比較して目、属、種 と分類されるだけで分類上、特に秀でたところは無いのである。
人間は、自然を構成する、ほんの一部分にしか過ぎないことを思い知るべきである。
こういった認識の上に立って、自然災害をどうとらえるか、戦争をどうとらえるか考えるのも面白い。










