退職をして10年。日々を充実させるべく、振る舞っている。社会的動物でありながら、あらゆる束縛から解放されたような気がして、なにもやらない日々、何かに没頭する日々が、睡眠時間を気にすることなく続く。明日も勤務がないから、睡眠時間を気にする必要がない。日中でも眠気がやってきたら寝ればよい。
老いた夫婦の朝食は、殆どがブランチだ。しかも、私は毎日と言っていいほど、1センチ切りの食パン半枚に一個分の卵焼き小さなサラダ、コーヒー一杯ですませる。家内は、卵焼きの代わりにチーズを食す。
昼食は、食べない。夕食は、午後6時から7時の間には済ませる。後片付けをした家内はテレビ、入浴などをして12時には床につく。私はと言えば、パソコンに向かう。ブログをいじり出すと、止まるところを知らない。しかし午後11時には、五匹の外猫たちのえさの支度をし、えさやりを済ませる。私の就寝は2時頃が多い。
老人は、気ままなものだ。ある時など、ソファーに寝そべって日がな、オペラを観映していたり、レコードを聴いたりする。それすらいやなときは、目が溶けるほど眠る、日が暮れて起き出し、腹ごしらえをして夜中じゅう起きる。電気スタンドのみをともして、古典などをゆっくりとひもといている。古典源氏も、与謝野源氏も谷崎源氏も瀬戸内源氏もすべて読んでしまった。今は、徒然草を読んでいる。老人の戒律が解る本だ。
老人とは、本当に自由である。生活苦さえ無ければ、持てあますほどの時間を、神の与え給うた所与の命のために、楽しく平安に満喫できるのだ。










