数えは七十をとうに過ぎている。そろそろあの世への準備をしなければと思う。最近、「余生をどう生きようかと必死で考えるより、死に支度をどうしようか」と考える方が難しいことに気付いた。これまで蓄積した物や考えをどのように処分していこうかと悩むのである。「物をためる(買う)事はしない」「深く人生に悩むこともしない」、そんなことに気付かされるし、思い出の残る一つ一つを捨て去る寂寥感にさいなまれながら生きていくのが、「余生である」と思えるようになった。余生をどのように楽しむかを考えることは、死への恐怖からどのよに逃れようかと言う事と裏腹の物のように思う。死への長い、あるいは短い道のりの生活を、もがき、喘ぎ歩むのが余生というものだ。
雀の涙ほどの年金でも、食べるだけは困らない。老人のくせに、住宅資金の借入をし、家を新築したために余計な心配事や出費が増えた。道路拡張のため土地を削られ家を壊され、僅かばかりの保障で、土地を買い足し、新築したお陰で、ローンが増えた。一頃のように収容太りは出来ない。ぎりぎりのところで査定されるものだから、資金に不足を生ずるのは当たり前。いわゆる老後のためにと貯めた金も全部つぎ込んでしまった。保障をもらって借家生活をしても、20年以上は贅沢に生きられた。何を考えたのか「息子達のために・・・・・・・」と、二棟も家を新築したのが、そもそもの後悔の始まり。
そこで、私には死ぬための費用が一銭も残っていない。今は、死ぬのにも2〜300万円は要るそうだ。そんな大金を貯める事は、年金生活者である私には無理だ。息子達や家内に「死んだら経費は宜しく・・・・」と、どうして言えようか。考えたあげく、「葬式不要。回忌不要。戒名不要。」と遺言を残し、生きている中に、位牌の表に「○○○○変人」、裏に「○○○○年△月×日死亡」と書いた物を残し、坊主も要らず、霊柩車を借りて火葬場で焼き、骨拾いだけをしてもらう(骨壺は生きている中に揃える)事とし、石垣市の墓に入れてもらう、墓口の開け閉めはシルバーセンターの人たちに頼んでしてもらうなど、色々と考えるんだ。こんな事も遺言書にすこし触れて、「はい、さようなら・・・・・」したいものだ。
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この番組は総合テレビのスペシャル番組で毎回スタジオに一般の市民(40名程度)と有識者をお招きして日本が直面する様々な問題を議論する3時間の生放送です。 これまでに「格差社会」「憲法9条」「食」などを取り上げました。
次回の放送(12月22日)テーマは「年金」です。
宙に浮いた年金記録、相次ぐ社保庁の不祥事などでいま年金への信頼がかつてないほど揺らいでいます。
少子高齢化が進む中で、現役世代の負担はさらに増え、国民年金の保険料の未納率は33.7%に上っています。どうすれば安心で信頼できる年金制度をつくることが出来るか、番組では徹底的に討論したいと思います。
現在討論に参加して下さる方を探しております。
番組では毎回、事前アンケートにお答え頂いています。
アンケートは番組のHPからアクセスできます。
番組HP:是非ご協力下さい。その際、清水宛と一筆お願いします。