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2009年07月10日

言葉について

俳句第三集「落日または黄昏」(仮題)



白髪(しらかみ)の眼の中や下弦月



戒名は「蝸牛男」ぞ夏の闇



引き潮の引く力なき蝸牛



旱野を翔けしころより年老いぬ



マルクスも若き日の墓碑青き梅



妻ありて我ある日かな夏盛る



老鶯や妻の寝息の微かなり





*  小説にも詩にも俳句にも、説明書きは禁物である。

それは、言葉の意味を限定することになりかねないからである。

言葉の意味は一義的ではない。辞書的意味のもっともっと深いと

ころで、個人の人生が渦巻いているからである。

私は、言葉で表現できないもどかしさをいつも感じる。人間の言

葉は、なんと不便な物であろうかとつくづく思ったりする。私の

気持ちの1億分の一も伝えることが出来ない。

私は、時折、他人の言葉に涙するほど感動することがある。その

言葉に自分を見るのである。それを書いた人がいかなる気持ちで

あれ、その記述は、私の出自そのものである。其の言葉のつなが

りが、私なのだ。私が他人によって見いだされる瞬間である。

私とは何かをこれまで問い続けてきた。しかし、結論は得られな

い。たまたま他人お言葉の中に私が見えてくる。私は、私自身を

自分に問い、明かしえない。私は他人によって明かされる。今、

つくづくそう感じる。


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【俳句集仮題「落日または黄昏」の最新記事】
posted by かねやん at 15:47| 沖縄 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 俳句集仮題「落日または黄昏」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

エスプレッソ

ネスカッフェドルチェグストを購入した。手軽にエスプレッソ

味わいたかったからだ。ディヴァイススタイルのブルーのパッソ

を購入したかったが、値段が張って購入できなかった。両者とも

ポッドスタイルだが、エスプレッソを入れてみて、余り味に違い

がなかったので、ドルチェグストにした。



他に、ポンプ式のユーバや直火式のポットがあるので、気分に応

じて、入れ替えて飲んでいる。今のところ、直火式の方が、濃厚

でとろっとした味わいのエスプレッソが出来てくる直火式を愛用

しているが、クレマ画でないのが玉に瑕なので、それが欲しいと

きは、ポンプ式、クレマもエスプレッソらしき味わいの欲しいと

きは、ドルチェグストを利用している。



ドルチェグストは便利だが、エスプレッソが少し淡泊なので、不

満は残るが、これから、旨い入れ方を発券する様にしたい。会社

の方には、もう少し、濃厚な味を出して欲しいとメールした。



私は、日本茶、中国茶コーヒー紅茶ハーブなどいろいろと

味わっているが、常用しているのは、日本茶と紅茶である。従っ

て、日本茶や紅茶の種類も多く、季節物をネットで取り寄せたり

している。



コーヒー豆は、購入時に焙煎してくれるコーヒー豆専門店から、

100グラムずつまめに購入して居る。紅茶の茶葉専門店は昨年暮

れに不景気のあおりを受け、又、紅茶人口も少ないせいか潰れて

しまった。従って、取り寄せが多い。



コーヒー豆を焙煎して貰うときは、自分の好みを告げて焙煎して

貰っている。大方好み道理の味ができあがってくる。



私は又、器にも凝っている。現役時代に集めた器を、取り出し

一月ぐらいのサイクルで使い回す。しかし、最近は、白い柄なし

の白磁に惹かれ、安物を買って居る。


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posted by かねやん at 14:19| 沖縄 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月05日

政治家や官僚たち

    国の事務屋を使いこなそう。


日本国は、官僚によって仕切られていることは既にご存じのこと

であろう。

現在の所、事務屋のトップは事務次官である。事務屋では最高の

決定権限を有する職種である。そのほか各局の局長が居る。国

(と言う感覚ではなく官僚として)のビジョンや政策を策定する。

これら重要なポストを公選議員(国民一人一人の利益を国政の対

象と真摯に考えることの出来る)が牛耳れば、本当の意味での民

主主義が行き渡る。つまり、国家公務員の登用制度を変えていく

のである。中卒程度、高卒程度、大卒程度に分けて試験採用する

ことは良いが、試験の種類によって将来が決められる制度をなく

していくのである。なぜなら、採用試験の内容とは関係なく、国

家公務員としての資質は、採用後に培われるからである。



国家公務員法では、公務員は「国民の下僕」である。しかし、い

ったん国家公務員になってしまうと、彼らの目線は「山頂から平

地をみる」感覚となる。

公選議員も大方が「先生」と呼ばれたりして舞い上がる。「見下

し目線」がいつの間にか形成されていく。

人間の性というか、権力を握るとそれを振り回したくなるのは悲

しい。今、韓国ドラマ「王と私」に嵌っているが、権勢争いと愛

がテーマになっている。私には権勢争いの方が面白い。権力を持

つものが民のことを顧みず私服を肥やしている中、其の状態を改

革していこうとする一派(国王を含め)が奸計や迫害を受けなが

ら、徐々に改革を進めていく姿が快い。今の日本の政治家達や官

僚達(このドラマではいずれは粛正されるであろう)に見て貰い

たいものである。



今日、市議選があった。誰がほんとうに国民のことを考えてくれ

ているのか、なかなか分からない。しかし、少なくとも地方官僚

を指揮統制できる者に当選して貰いたいものである。


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タグ:議員、官僚
posted by かねやん at 22:39| 沖縄 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 老人奮戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

政治と国(官僚)の忘れ物!!

     政治や国(官僚)の忘れ物


テレビの報道によると、日本の教育水準がどんどん下がっている

とか。一頃は、1位、2位であったいろいろな学力水準が、世界

から大きく引き離されていて、その原因は、どうも小泉政権以前

は、世界のトップを走っていた児童生徒の学力も年を追うごとに

低下の一途を辿っている国連統計が出されていた。

ゆとり教育の名の下に、誤った政治政策や官僚政策が原因だ

と思うが、たとえば、子供達のゆとり教育ばかりに目を向けて、

教師達のゆとり養育には、一切目を向けなかったところに小泉改

革の誤りがあったのではないかと思う。

結果、モンスターペアレントが突然、教育行政を攪乱したり、文

部省ヤ教育委員会の教師への締め付けが増幅されたりで、暇を持

て余した児童生徒は、自主学習をするどころか、自己実現への努

力を忘れて、悪習や遊技や犯罪に手を染め統制のとれない小悪魔

となって行き、教育現場は修羅の場となったように思う。金だけ

が唯一の心のよりどころとなり、親たちガ金儲けに翻弄される姿

は、勇ましくも見えたが、結果的には破滅への道を辿っていたの

である。

モンスターペアレントと言う番組をみたとき、私は、自ら「労働者」

と定義ずけた日教組の考え方を批判した。そして、労働者であれば、

労働者らしく十分は労働を提供して始めて報酬を得られるとして、

教師側も批判した。もちろん、国に弱腰のプチ官僚である教育委員

会も批判した。しかし、批判するだけでは事は解決しない。今回の

国連統計を見るに当たり、私の認識の甘さを痛感した。



どうして、政治や国(官僚)は、学級編成などに着手し、1クラス

15乃至20名程度で運営をさせ、教師にゆとりを与えなかったのか。

そうすれば教師の数を2倍に増やせ付属職員も1.5倍ぐらいに増や

せ雇用促進を図れたし、クラス急増による教室増設など、国の公

共事業など増えたと思うのだが、とにかく、小泉さんはアメリカ

の真似をして「小さな政府」を目指していたし、未来予測の出来

ない首相であったようだ。ちなみに私は、「小さな政府」論には

大反対である。



話は全く変わるが、政治や国(官僚)の政策が、企業中心に為さ

れていることには大いに憤慨せざるを得ない。政治や国(官僚)

は、国を構成する国民(抽象的ではあるが)一人一人を中心に政

治や国策を図るべきである。「企業があるから国民は、給与を貰

え生活していけるだ」という考えは間違いで、「国を構成する個

人個人が生活のために必要とするものがあるから、それらを提供

するために企業ができるのである」と言う基本原理を忘れている

のはとても悲しいことだ。資本主義への誤った理解が企業の倫理

観を破壊していく過程を、私たちは、バブル崩壊以来見続けてき

たにも拘わらず、そのことを反省しない。



私は、潰れる企業は「潰れても」全く構わない」と考えている。

そのために雇用破壊が起こっても、その雇用破壊を回復する裂く

が本来の政治の課題であり、経済の課題でもあるからだ。国の予

算はそのために使われるべきで、企業救済のためなどに決して使

ってはならないと思う。再度言うが、「潰れる企業は潰れても良

いのである」。なぜか。それは、国民の要求に適していない企業

だからである。



「農は国の基」という考えは優れて正しい。にもかかわらず、減

反政策や補助金カットなどにより、農業が衰退の一途を辿ってい

るのは見るに堪えない。



一番目をくけなければならない農業政策や教育政策を政治や国

(官僚)は、見て見ぬふりをしていることが、空恐ろしい。


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タグ:官僚、
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2009年07月04日

裸の人間

        死刑囚の俳句たち


北さとり編著の「処刑前夜」という本の中に次のような文があり

ました。60年も前に処刑された死刑囚が書いた人間観です。

「ここ(獄中)におりますと、外では必要な飾りや嘘がいりませ

ん。いくらすましてみようとて、彼奴は罪人だと指さされ、自分

でもすなおにそれを認め、詫びるよりほかに道のない身。ここに

は裸になった人間の本当のすがたがあります」。



異空間の俳句たち編集委員会が発行した「異空間の俳句たち」に

に依りますと、「孤独」、「絆  母」、「わが罪」、「生きる」、

「別れ」、「いのちこよなし」に章分けされて、編集されてあり

ました。



「孤独」から印象に残った句を紹介します。



        冬晴れの天よつかまるものがない



        冬夕焼け愛したくなる誰も彼も



身のうちの虚空に懸かる旱星



眼裏は瞑りて覗く門火かな



哄笑のごとく石榴は天に裂け



説明不要の心の叫びがひしひしと感じられます。私も裸の本当の



自分を見てみたい、そんな俳句を作りたいと願ってます。


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posted by かねやん at 13:02| 沖縄 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人奮戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

分裂気味の世界・・・本来の姿かも!!

     無い物ねだり!!!


読み返したい多量の本を処分していた。と言うより、新しい家に

落ち着くと、自分の周りにしかるべく本がないことにふと気づき、

何とも言えない空しさを感じるのだ。

読み返したい、参考にしたいなど、動機はいろいろあるが、肝心

な本がない。仕方なく図書館へ走る。今は、冷房も入り快適だが、

図書館では、どうしてか本を読む気がしない。



ドゥルーズ+ガリタの「千のプラトー」を読み返したいと思った

が、これも処分していた。資本主義もこう難しくなると分裂気味

になる。分裂気味の社会こそ本来の姿である(人間も確かそうで

あると述べていた気がする)と思うのだが、今まで、あまりにも

資本主義は旨くいきすぎたのではないかと思ったりもするのであ

る。



資本主義の経済的人間観を欲望の固まりとして捕らえて居るとこ

ろからすると、人間の「性悪説」がその根源にあるのだろうか、

性悪説に軍配を挙げるべきだろうかとも思ったりする。



きっと人間の文明の進展は、言葉は適当でないかも知れないが

「無い物ねだり」から始まるのであろう。こんなにも便利になっ

て、一個人が世界レベルで活動できたりする世の中を想像だにし

なかった。テレビの世界旅行の放映を見て、もうそこへ行った気

分になれるgoogle mapを見てニューヨークの何番街にも行けるし、

平壌の建物まで見えたりする。ある意味では恐ろしいことである。

ちなみに我が家の所在を確かめてみたら、確かにビルが映って居

るではないか。パリの街中では、車も見えましたよ。

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タグ:ドゥルーズ
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2009年06月23日

生ゴミの出る日

2・3年前から、嘱託の仕事も少なくなり、暇が出たので、ゴミ

出しの日課を果たしている。



暇になってからは、朝9時ないし10時が起床時間だか、週に二

回のこの日ばかりは、朝6時に目を覚まし、洗顔してから、仏壇

を開け、お茶を飲み目を覚ましてゴミ出しに着手する。



猫たちのトイレ掃除に始まり、流し周りの清掃。各部屋のちり箱

のゴミを回収し、市指定の袋に詰める。結構時間のかかる仕事で

ある。それから室内や玄関掃除を済ませ、塵を纏めて、しばら

く置く。都会の商店街の中にある我が家には庭はない。



家内が起きえるのを待つ。



家内が起きだしてあちこち整理し出すと、しばらくして塵が出る。

それらを纏めると、塵だしにかかる。



塵だしの時に外猫の餌を準備して五階にある部屋からエレベータ

ーで下りる。4階に住む息子達はすでに出勤していていて、部屋

は空だ。3階には家内の妹。すでに塵だしの準備をしていた。

午前8時過ぎ頃である。一階の駐車場に降り立つと、外猫が、き

ょとんとして私を見る。



「今日は早いんですね」と言っているようである。餌を置いても、

くんくんと臭いはするが、こんな早い時間には食べようとしない。

やはり猫の生活のリズムがあるようである。


今日も平凡な1日が始まる。


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posted by かねやん at 14:34| 沖縄 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

侏儒!!!

次は、芥川の侏儒の言葉の中の「侏儒の祈り」という一章です。

私の祈りでもあります。



「わたしはこの綵衣《さいい》を纏ひ、この筋斗《きんと》の戯を

献じ、この太平を楽しんでゐれば不足のない侏儒でございます。

どうかわたしの願ひをおかなへ下さいまし。

 どうか一粒の米すらない程、貧乏にして下さいますな。どうか

又|熊掌《いうしやう》にさへ飽き足りる程、富裕にもして下さ

いますな。

 どうか採桑《さいさう》の農婦すら嫌ふやうにして下さいます

な。どうか又後宮の麗人さへ愛するやうにもして下さいますな。

 どうか菽麦《しゆくばく》すら弁ぜぬ程、愚昧にして下さいま

すな。どうか又雲気さへ察する程、聡明にもして下さいますな。

 とりわけどうか勇ましい英雄にして下さいますな。わたしは現

に時とすると、攀《よ》ぢ難い峰の頂を窮め、越え難い海の浪を

渡り――云はば不可能を可能にする夢を見ることがございます。

さう云ふ夢を見てゐる時程、空恐しいことはございません。わた

しは龍と闘ふやうに、この夢と闘ふのに苦しんで居ります。どう

か英雄とならぬやうに――英雄の志を起さぬやうに力のないわた

しをお守り下さいまし。

 わたしはこの春酒《しゆんしゆ》に酔ひ、この金縷《きんる》

の歌を誦し、この好日を喜んでゐれば不足のない侏儒でございま

す。」


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posted by かねやん at 22:27| 沖縄 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

日本は優秀な官僚により守られたと言うが・・・。

     ジャーナリズムの衰退

最近、週刊誌や月刊誌の廃刊がつづいている。

テレビが週刊誌並みになってきたのは確かであるが、「現代」や

「諸君」が休刊になるなどいわゆる知識人を相手にしたような雑

誌まで廃刊に追いやられた。そういえば、「世界」を店頭で見か

けなくなった。赤字覚悟の雑誌たちであったであろう事は確かだ

が、雨後の竹の子のごとく、次々に発刊されては消えてゆく雑誌

などを覧るに付け、腑に落ちない気がしないわけでもない。



最近は、プライバシー侵害で、損害賠償請求事件が多いそうだ。

週刊誌がやり玉に挙げられている。雑誌などマスコミは、パパラ

ッチとまでは行かないが、それまがいのことをしているのだろう

か。

「他人の生活なんてどうでも良いのでは」と思う反面、他人の噂

をしたがる。私とて例外ではない。他人の評判を聞いて、何か精

神的安定を保っているように感じる。性悪な人間である。他人の

不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。週刊誌や雑誌の記事を読む

とき、それに引き込まれるのは、きっとそんな心理からだ。私は、

週刊誌的なスキャンダラスなホラーまがいな記事が好きだ。そん

な、小市民の欲望に乗じて記事を捏造する節があるのは悲しい。

記事を書くと損害賠償の対象になったりで雑誌社も大変だと思う。

真実であれば、それを暴露しても私は構わないと思うのだが、今

まで、国家滅亡に導くとされていた秘密すら、暴かれてみるとた

いしたことは無かった事があまりにも多すぎる。秘密にすべきで

なかったことを秘密にしてきて、人民を苦しめてきたと言うのが

歴史の事実である。愚かしいことである。個人のプライバシーに

しても、それがあまりにも恣意的であるが故に争いになるのは可

笑しい事だ。



ジャーナリストは、倫理観や正義感のような資質を磨き、報道の

公正を図って欲しいものである。官僚に操作された報道を信じて

ならないのは、安保条約の密約を覧ても分かると思う。官僚に騙

されるな
タグ:官僚
posted by かねやん at 00:08| 沖縄 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人奮戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月11日

長生きしてどうもすみません-----長寿医療保険料という言葉。




       長寿は悪いことなのか。


これまで社会保険事業センターから届くはがきを見たことがない。

年金は妻が管理しているので、これまで通知を見たことはなかった。

今日、たまたま、私宛の葉書が数枚来ていて、その中に社会保険庁

からの葉書もあったので、普段なら家内に渡すところ、今日は何気

なく開けてみた。

年金支払額  132,016円
介護保険料 6,000円
長寿 医療
保 険 料 21,100円

控除後振込額 104,916円

であった。2ヶ月分だから一月52,458円。家内はもう少し多

いかも知れない。二人で12万円にも満たないであろう。住宅ロー

ンや高熱水道費を差し引くと5万円余しか残らない。これが食費と

交際費(香典など)それから自分たちの葬式代を貯蓄する。

退職当時は、ちょっとしたアルバイトもあったが、今はなかなかそ

うはいかない。i家内は生活の遣り繰りに態品名思いをして居るであ

ろう事を思うと、年寄りには住みにくい世の中になったものだとつ

くづく思う。



私の時代とは異なって、子供達も今の世の中では生活も大変だから

親の面倒をみる経済力もない。私の父達の頃のことを考えれば、今

は、黙っていても夫婦で10万円も入るのだからありがたいと思わ

なければならない。



ところで、長寿医療保険料などと、気を利かせたような言葉を使っ

ているが、私には、年寄りを尊敬するような響きは微塵も伝わって

こない。むしろ、「長生きしたんだから、その分懲罰として保険料

を取りますよ」との響きが強い。むしろ、後期高齢者保険料の方が

価値観を排除した事実として受け止めやすい。


shakaihokennchousann
小細工などしなくても良いのに・・・。社会保険庁さん、長生きしてどうもすみません。

下の動画は「楢山節考」の終わりの方の場面です。捨てられるものの覚悟や悲しみ、恐怖、そして捨てるものの慟哭、逃れることの出来ない社会の桎梏感じます。お時間のある方は、是非、覧てください。

posted by かねやん at 00:23| 沖縄 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人奮戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする