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2018年03月22日

戦争の禍根?


相棒16 劇場版

 「相棒」は私にとって、興味のあるテレビ

ドラマの一つです。筋も、もちろんおもしろ

いのですが、水谷豊が扮する杉下右京の、

ある仕草にとても魅力を感じるからです。

その場面は、紅茶をカップに注ぐ時の仕

草です。

 私は、紅茶が好きで、朝は、おおかた紅

茶を飲みます。トワイニングのイングリッ

シュ・ブレックファストが主です。濃くて目

覚めを促すからです。その紅茶を茶葉か

ら点てるのですが、ポットからカップに注

ぐ時には縁から静かに注いでいます。杉

下警部のやり方を試みたところ、周りに

水滴が飛散してしまい、いつも失敗して

おります。なかなか、うまくいきません。

 さて、この劇場版「相棒」は、その物語が

いつもと変わっていて、南洋で戦災孤児

となり、這いつくばるように生き、努力の

末、立派に成人したレヴン(自称「烏」、

日本人だが英国籍、実は戦災孤児であ

った少年)が、政治経済の中心地である

東京で、オリンピックの優勝パレードに

浮かれる民衆に、50万人殺傷可能規模

のガスを飛散させようと企んでいることで

す。戦争により自分の両親を失い、不毛

な国の後見が、少年の心をむしばみ、つ

いには、今で言うテロによる報復にまで

醸成されたのでしょうか。なにか恐ろしい

気分に襲われました。今の世情が、軍隊

や戦争を肯定しているような気配が感じら

れ、とても嫌な思いをしております。今、三

歳、五歳、七歳になる孫たちが、徴兵され、

軍事訓練の名目でひどい仕打ちを受けな

いか、この一つをとってみても心が痛みま

す。
posted by かねやん at 01:25| 沖縄 ☁| Comment(0) | 老人の誤解、曲解 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

墓  参!!

久しぶりの帰省

16日祭.JPG



 十六日祭は旧暦の一月十

六日に行われる「後生(ぐ

ー)の正月」です。この祭りは墓前で行

うのが習わしですが、石垣島から仏壇

を沖縄本島の那覇に移してからは、仏

壇を通して祈願をしておりました。今年

は、15年ぶりに帰郷して墓参りをし

した。

 母は私が中学一年の時に亡くなりまし

た。母の顔も、今はもう、不確かなものと

なりました。母は年を取ることもなく写真

の中でつややかな若さを保っています。

亡くなったときの母の年齢は39歳。今の

私の半分にも満たない年齢です。「若か

たのだなあ」と思います。母の代わりと

いうか、母が守ってくれたというか、父は

94歳の天寿を全うしました。わずか一週

間の入院でこの世を去ってしまいました。

父の骨壺は母の側に置きました

 亡くなるちょっと前まで、元気に書き物

をしていたのに。いま、父の残した随筆

集を読みながら、子供の頃の私や妹た

ちが蘇り、母が際に語った「H子をよろし

くね」と言ったことを思い出しました。H子

はそのとき一歳になろうとしたときでした。

そのH子は今、70歳です。

 母の口癖(?)を今も覚えています。戦

後の食糧不足の頃、「武士の子は、腹が

減ってもひもじゅういない」とか「武士は

食わねど高楊枝」などと、私に向かって

良く言っていたのを覚えています。私は

その言葉通り、決して「腹が減った」と

うことなく成長し、平和で豊かな世を享受

しています。

 台湾から引き揚げのころ両親は畑に出

て、猫の額ほどの開墾地で、食料を育て、

未成熟のまま収穫をし、糊口を凌いでい

た頃も、今は天使の羽をつけて蘇ってき

ます。軍需物資の配給を大切に保管し、

時折、メリケン粉を練って造られるそばの、

美味しかったこと。いま、「あそこのそば

は美味しい。あそこのそばはまずい」とか

言って、通がっていますが、なんと贅沢な

ことかと、父の回顧録(出版済み)を読んで

おぞましいほどの自分に消沈しております。

(そば)であるだけで美味しいのですけれど

も、今は、そんなことを忘れるほど軽薄な

分になっているように思いました。
posted by かねやん at 01:42| 沖縄 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月28日

「何人死んだ?」!!



IMG_0558.JPG 共産党の志位議員が沖縄

の米軍機事故などの報告を

しているとき「何人死んだの

か」と野次を飛ばした閣僚が辞任したとの

報道に触れました。政治・人権意識や情報・

知識に乏しい内閣閣僚が多くなった昨今の

状況に、沈鬱な思いをし落胆の念を禁じ得

ません。ヘリの窓枠が落下したときには、人

身への被害はありませんでしたが、過去に

は小学校にジェット機が墜落して多くの児童

が犠牲になりました。また、基地あるが故の

米軍人による犯罪はは数え上げればきりが

ありません。

 失言や暴言の引責を、謝罪や辞任で済ま

せようとする、なんとも軽々しい文化には、

辟易とします。失言や暴言の対象となってい

る事象は、謝罪や辞任で決して軽減し消滅

はしません。はき出した言葉は、もう、飲み

込む事は出来ません。かといって、どうす

れば良いのかと言う答えも、悲しいかな、な

いように思います。
posted by かねやん at 00:55| 沖縄 ☁| Comment(0) | 老人奮戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月24日

沖縄にも寒波到来???

 今日の外気は17度。風速3mくらい

ですから体感温度は14度くらいかと思

います。内地からすると「暖かいか暑い」

くらいですが、滅多に20度を下ることのな

い沖縄では、「とても寒い」と感じます。

先の寒波到来の時は、沖縄本島北部と

か那覇市にある私の住まい付近で、あ

られが降ったとか新聞のニュースになっ

ていました。

 私が初めて雪を見たのは、長期研修で

東京にいたときです。確か夜中の12時

を裕に回っていたと思いますが、熟睡し

ていた〈仲間がそう言っていました)私は、

寮の仲間〈北海道や北陸、関東、九州か

らの研修生)4.5人にたたき起こされ、

薄暗がりに小粒のぼんぼりのようにふわ

ふわと揺れ動く雪を見ることができました。

窓から手を伸ばし、掌でそれを受けました。

ひんやりとした感触を残して水滴に変わっ

た雪に触れて、とても感動したのを覚えて

います。

 研修所入所時から同僚に「雪が見たい」と

言っていたのを覚えていてくれたのです。

 きのうから大寒波が押し寄せているとテ

レビ報道に触れています。いま彼らも70代、

80代ですがこの寒波を遣りすごしてほしい

と思っています。
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posted by かねやん at 19:09| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄人の沖縄的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月22日

何となく愛読する聖書!!

  私がキリストの教えにに触れたのは,

確か小学5年の頃でした。母が病に倒

れ,神や仏を信じない父が,なぜかユタ

(霊界の言葉を聞いてことの善悪を啓示

してくれる人とでも言おうか)を我が家に

呼び「うぐぁん」(祖先や御獄へ母の快復

をお願い)をしたのです。私はそのとき,

家族全員がヒマシ油事故に遭ったとき,

「神様、助けてください」と言って父に怒

鳴られたことを思い出し、父も、大切な


母のためには神や仏を信じるのだと

考えるようになりました。教会へ通い始

めたのは、たしかその頃だったように思

います。

  教会では,確か日曜学校と言う名で,

児童生徒にキリストの思いを教えていま

した。はじめの頃は外人牧師の話すた

どたどしい日本語に慣れずに時間をや

り過ごしていたように思います。2,3ヶ

月もすると、その日本語にも慣れ,話の

内容にも興味がでてきて、何となく牧師

さんの読んでいる(「聖書)は「おもしろそ

うだ」と感じるようになりましたが、万人

の聖書と言えども,読むにはまだ難し

すぎました。

  母は,私が中学一年の時になくなり

ました。父は,願い事をまめにしたにも

かかわらず,母が旅立ったことで、ます

ます神や仏を否定するようになりました。

しかし、私が教会へ通っていることには、

目をつぶっていました。父は当時、理髪

店と農業で私たちの生活を支えていま

したので,炊事・洗濯、一週間分の薪拾

いなど家事は私の担当でした。その合

間を見て,「教会」やその近くにある「琉

米文化会館」へ足繁く通っていました。

  聖書をもらい受けたのは、たしかそ

の頃でした。初めて自分の物として手

にした分厚い冊子でした。それ以来、

聖書に触れるわけですが,高校中退

後働くようになってからは、教会への

足も遠のくようになったように思います。

  しかし、細々とではありましたが,

聖書を座右において、一章、一行で

もと言う気持ちだけは、80を向かえ

たこの年まで続いています。

  今日読んだ箇所は、「ヨハネの第

一の手紙」です。このタイトルの中で、

特に第三章が好きです。きつい表現

(罪を犯す者、悪魔、兄弟殺など)は

ありますが、神の愛と加護が感じら

れました。

posted by かねやん at 03:59| 沖縄 ☔| Comment(0) | 老人の誤解、曲解 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月19日

LPレコードの音!!


 LPレコードを50枚ほど買い足しました。

いつものようにクリーニングをし,聴きま

した。とてもいい音を響かせてくれました。

このブログを書きながらブラームスの交

響曲第3番を聴いています。ブルーノ・ワ

ルター指揮でコロンビア交響楽団が演奏

しております.今日は家内も出かけてい

るので,大音量にして聴いています。

 75歳で職を辞してからこの5年は,在職

中には余り聴けなかった,レコードやCDを

取り出して楽しんでいます。また,中学卒業

以来ほとんど触れていなかったピアノを、

教則本を頼りに、メロディーを思い出しなが

ら運指をしていますが、指は鍵盤の位置を

覚えていませんでした。

 レコードの音を聴いて安心するのは,気の

せいなのでしょうか。とても懐かしい響きを感

じています。針先で音溝をそっとかすめなが

ら出てくる音と刃のよう光で作り出される音

には,何となく違いがあるように思えます。

にとっては,気のせいなのか、自然と人工ほ

どの差に聴こえます。


posted by かねやん at 16:48| 沖縄 ☁| Comment(0) | 老人の誤解、曲解 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月18日

久しぶりに空を見ました!!

    木枯らしとだえて 

    冴ゆるそらより 

    地上に降り敷く 

    くすしき光よ!!


          

  こんなに暇な毎日を過ごしているのに、空

を見たためしがありません。頭の動線は、水

平か下向きなのです。水平に眺めたとして

遠くの景色を見ることはありません。

  少年の頃、私の田舎では、月のない夜は、

満天の星が、湿り気を帯びた闇の中で、隙間

無く青白い光を放っていました。天の川は、町

を切り裂くように南北に走り、闇夜に息づいて

いたのです。そんな夜の天空を、茅葺き家の

縁先から、飽きもせずに眺めていた頃もあ

ました。その頃は、天空をリリカルに眺めてい

たように思います。かぐや姫やギリシャ神話

の伝説に浸りながら、きっと、物語の叙情に

耽溺していたのでしょう。

  時代はすすみ、宇宙のことが分かるにつ

れて、神秘とか、神に触れるような気持ちで

空を見上げると言うより、「宇宙の果ての星

はどんな星だろう」とか「いま私が見ているこ

の星は、まだ存在するのだろうか」とか「宇宙

には果てがあるんだろうか」などと、私の理解

を、とてつもなく超えた事を考えながら、漆黒

の夜空を眺めています。

  今日家内と、外食の帰り道の暗がりで、ふ

っと空を見上げるとまばらに星が見えました。

何百万光年先からの光を覚知し本当に驚愕し

ました。いま見ている光が、1秒間に36万キ

に達する光で、何百万年かかけて到達して

いることをおもうと、計り知れない宇宙の広大

さに、ただただ驚嘆するのです。「200万年前

の光」。そう思ったとき、この光り輝いている星

は、今は、もしかしたら無いのかも知れないと、

時の長大さに畏敬の念を抱きました。

  宇宙の果てでは今も、光速より速い速度で

宇宙は広がっているそうです。いったい宇宙に

は限界があるのでしょうか。そんな宇宙の無

限の時間と空間を考えるとき、私は、自分の

命の「無」を自覚せざるを得ません。私がこの

世で体験している80年は、宇宙のこの長大

な時間からすると、いったい何なのかと、つい

つい困惑してしまいます。もし宇宙に眼がある

ならば、この眼によっては、私の80年間の存

在など確認出来ないのかも知れないと、ただ

ただ、恐れ入るばかりです。



posted by かねやん at 01:12| 沖縄 ☔| Comment(0) | 老人の誤解、曲解 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月17日

こまっしゃくれの「孫

 ばあちゃんの準備した夕食は、具だくさん

麻婆豆腐とクレソンの炒め物、骨付きの

フライドチキン3本(孫たちの物)それにお

汁でした。

 孫たちは、麻婆豆腐とフライドチキンでした。

麻婆豆腐を二口ほど食し、チキンをほおばっ

た一番下の孫が、

「おじいちゃん、このチキン辛い。」と言って

口をすぼめたので、「あっ、スパイスいりの

かな」と、咄嗟に判断し、少しかじって見まし

たが、ちっとも辛くはないのです。それで、

「このチキンは、からくないチキンだよ」と言

うと、生意気にも

「ちがうよ、おじいちゃんぼくとしてはから

いんだよ」と、かえって来るではありませんか。

 いままで、幼児語しか聞くことの出来なかっ

たこの孫が、自己主張をする言葉(いや言

語かな)を使ったのには、大変感激しました。





posted by かねやん at 01:34| 沖縄 ☀| Comment(0) | 孫のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

亡くなった人たちの会話

  田舎伝説(死んだ人は、

 夢の中で話をしない)!!



 近頃、夢の中でよく、亡くなった人の夢

をみる.多くは父だ.ひところは、こちらが

話しかけても、ただ、微笑みながら見つめ

るだけだった。2,3年前まではそうだった。

しかし、その後の夢の中で、父は、しゃべる。



 今日、うたた寝のとき、父と会った。

 陰気くさい、床の傾斜した部屋。.床が

滑った焦げ茶色に光る板間に、湿っぽい

布団が敷かれ、父はそこで横になってい

た。久しぶりに会う父に、

「寒くないの」と声をかけた。

「いや」とだけ、父は言った。ただそれだけ

だった。父と夢の中で話すときは、思えば、

いつも、ひと言だけである。



 父は、無神論者であった。物心ついたこ

ろ、ヒマシ油で揚げたテンプラに当たり、激

しい嘔吐に見舞われたことがあった。一家

全員である。医者に診てもらう金もなく、ただ、

荒波のように押し寄せてくる臓腑の悪寒に

耐えることを強いられたとき、私は遂に

「神様、助けてください」となんどもなんども

叫んだ。そのとき、吐き捨てるように、

「なにが神様か、我慢しろ、耐えろ、この馬

鹿者は。」と、自分も嘔吐に苦しみながら、

絞り出した声が今もありありと、よみがえ

るのだ。



 そして父が、94歳で亡くなる一月ほど前、

「もし、ぐそー(後生)とか天国があるなら、

教えてあげるよ」と言って、あの世(私とし

ての認識で)へ旅立ったのである。



 その後、しばらく、父は仏前の写真だけで、

夢の人ではなかったのだが、私が70の半

ばを過ぎたころから、父の生前の姿が、無

言で私の夢に現れたのである。そして、

近頃、父が夢の中で話し出した。



 思うに、これは、あの世や仏や神を終ぞ

信じなかった父が、あの世も仏も神もいる

のだと教えてくれているのだと、私は思っ

ている。







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posted by かねやん at 00:07| 沖縄 ☁| Comment(0) | 百夢物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月02日

80歳になりました!!

バナーを80代に貼り替えました


 9月に80歳になったばかりです。私の故郷では、

70代は「にん(年)ぬ(の)よーい(弱り)」といわれ、

80代は「つくぃ(月)ぬよーい」といい、90代は「ぴ

い(日)ぬよーい」と言い聞かされてきました。9月

生まれの私は、この2ヶ月で何処が変わったのか

いろいろ考えましたが、変わった自覚が全くありま

せんでした。しかし、よく考えてみると、「自覚のな

いこと」がこの二ヶ月の変化ではないかと思うふし

がいろいろとあるのです。家内との会話が少なくな

った気がしますし、足の運びが何となく緩慢になっ

ているように感じます。考え事をしても、子供時代や

少年期や青年期の事ばかりが、脳裏に充満し、明日

以降のことは「死への坂道を転がっているんだから」

と、なんとなく避けている気配がします。かといって、

終活への考えは、絶やしていません。そういえば、今

の関心事は、「葬式を買うお金がないので、どうしよう

か」という感覚が、ふとした拍子に心を過ぎります。

そして何となく寂しくなり、レコードに針を落として「新

世界」(私が少年期に初めて出会ったクラシック)を聴

いても、あの時のような激烈な感動は消え失せてし

まっているのです。

 毎朝見る新聞は、まず、死亡広告から捲ります。

80代前半のかたが4〜5名も載っているときもあり、

「ああ、私もそろそろお呼びが来るな」と、気重に頁を

閉じたりします。




posted by かねやん at 04:06| 沖縄 ☔| Comment(0) | ブログのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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