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2016年12月07日

LPレコードが楽しい!!

レコードの響きが懐かしい!!



 韓国のデモのニュースに毎日のように触


れて、いま思うことは、日本人にはあんな事


が出来るのかなあと考えています。ひしひし


と迫る軍国化の兆しに、日々触れていて、こ


れではいけないと思っても、政権構図でまま


ならない日本の政争を見ていて、わたし自


身、いざとなったら「立ち上がれるのか」と


問いかけています。この年ですから戦闘に


狩り出されることはまずありませんが。我が


子や孫のことを思うと、今の世相にはとても


不安を感じます。



 私は、一億総中流(一億総白痴化の時代


と言う言葉も同時にあったなあ)の時代に生


き、子供たちや親の世話をしてきましたが、


世界的経済不況の中、貧富の差や賃金の格


差の広がりがどんどん進んでいるようで、息


子夫婦たちは、40歳半ばになっても、共稼ぎ


で30万を大幅に下回った所帯収入で三人の


孫たちを養っているさまです。何しろ、時給


670円ていどでしかも就労時間制御の非正


規ですから、仕方が無いのかも知れません。



 さて、韓国の大規模なデモに、脳が少し活


性化されたのか,しばらく遠のいていたクシッ


クを聴いてみたくなりました。ショスターコヴィ


ッチの交響曲第三番(メーデー)、キリル・コン


ドラシン指揮、モスクワ・フイルハーモニー管


弦楽団のLPです。もう、随分針を乗せていな


かったので音が心配でしたが,可成り状態も


よく,昔、聞いた音を響かせてくれました。CD


(ハイテインク指揮、ロンドン・フイルハーモニー


管弦楽団)も併せて聴きましたが,昔よく聴い


LP レコードの方が懐かしく親しめました。


CDは,雑味がなく,各パートも聞き分けられて


素晴らしいのですが,やはりアナログで楽しみ


たいという気持ちが優先したのでしょうか,単


なるノスタルジアなのでしょうね。



 音源と言えば,最近レコードが見直されてい


るとか。両手に白い手袋をはめ,レコードをそ


っとジャケットから取り出し,スプレーで盤面を


清め、ターンテーブルに乗せ,息を止めて針を


下ろす。その儀式めいた所作の後、2チャンネ


ルのLPの音が5.1チャンネルの音響装置か


ら飛び出す。ソファーに深々と座り,熱い珈琲


をすすりながら,じっと目を閉じて自分を音の


世界へ投入し自閉的世界で己を消していく。そ


こには,核による世界滅亡の危機への思惑も


なく,経済危機による恐慌への不安もないの


です。と言うように,私は現世をみて、今日、逃


避しました。



x4

posted by かねやん at 20:02| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人奮戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月27日

星になった「ひめ」!!




 名前を「ひめ」と言った。





 過去形だ。

 ひめは、昨晩か今朝(午前5時以前)

かは解らないが、ひとり誰にも看取られ

す天の星になった。星が生まれた。この

ところ、少し、ひめには無関心であった。

でも一日に何度もひめの名を呼んで、そ

の所在を確かめた。最近、外によく出る

ようになったからだ。

  姫は、生まれて直ぐ捨てられた猫だ。

家に連れ帰り、3時間ごとにミルクを与

え、便尿の処理をした。私の懐で寝て育

った。私の懐に抱かれたまま、よく散歩

をした。すくすく育ったひめは、少しわが

ままだった。

 とても、だっこの嫌いな猫だった。いや、

自立心旺盛で、好奇心の強い猫だった。

ひめは書斎だった通りで死んでいた。

 私の足が、この日そこに向いた理由は

わからない。姫がきっと私の足を引き寄

せたのだ。私は、ひめの死骸の前で佇ん

でいた。ひめへの思いに涙をこらえなが

ら。

 この理不尽な死をじっと見続けた。一

つの命が、この大宇宙の命に変化した。

そう思うことで、私は救われる。

 ひめは、まだ若い。若い命を持ち去ら

れたのは、悲しい。?その悲しみを、堪

えきれず涙する。嗚咽する。

 私はそのとき私の行く末を見ているの

だ。



  * 「ひめ」は、2008年2月19日、

12時に南龍寺で葬儀をしました。

読者の皆様、ありがとうございます。




      猫のお葬式

 飼い猫が拒食症にかかり、毎日、流動

食を作って与えていたが,とうとう食べた

ものをもどすようになり、すぐ、病院に入

院させたが,その日のうちに,息を引き取

った。「ワンニャンメモリアル」で葬儀を済

ませ荼毘に付した。回忌もあるそうだが、

「49日だけは,来館して欲しい」とのこと

である。49日はまだ来ない。

 他人は,犬畜生と言うが,共に生きて

いると、そうは思われない。家族同然で

ある。葬儀の時も、読経が始まると、色

々なことが思い出されて,涙が出る。年

を取ってからは,特に涙もろくなった。

 私は,猫が好きである。孤独をこよなく

愛するかたわら、愛に飢え、気ままに寄

り添う。愛情深いが冷徹である。両極端

を往来する性格が、私は好きだ。
野良猫しろ.JPG



ラベル:
posted by かねやん at 11:47| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 猫たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月26日

頭の体操

                                                   

    頭の体操!!


         1=2です。




1と2は等しい。つまり、1=2です。


b=aとします。


この両辺にaを足します(分配の法則)。


b+a=a+a=2a


a+b=2a(交換の法則)


両辺から2bを引くと


a+b−2b=2a−2b


a+(b−2b)=2(a−b)  (結合の法則)


a+(−b)=2(a−b)


a−b=2(a−b)


(a−b)=2(a−b)


両辺を(a−b)で割ると、


あら、不思議!!


  

   1=2でした。


こんな勉強をするのもおもしろいです。






   



posted by かねやん at 03:22| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人の誤解、曲解 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ことば

これは日本語なのか

 近頃、テレビや町中で使われる日本語

に「わたし的には・・・」と発語する方々を

見受けます。とても気になって日本国語

大辞典を調べてみました.「私的」という

言葉はのっていましたが、「わたし的」と

いう言葉には出会えませんでした.広辞

苑など比較的新しい若者言葉が採用さ

れている辞書には当たっていませんが、

このような表現があるのでしょうか..私た

ちの年代は「わたしとしては」と使いたい

ところですが、自信のなさもあって真正面

から、自分の意見を述べることが出来ま

せん。

 特にバラエテイ番組でたまたまこの表現

を聴くことがあります。街頭インタビューで

も若者、たまに中年の方々がこの表現を使

うことに違和感を感じます。まだ他にもあり

ましたが、今はは思い出せません。

 もともと言語とは、意思疎通の道具ですか

ら、お互いに意味がわかればいいのではな

いかとも思いますが、正しい使い方が出来

ればいいと思います

posted by かねやん at 01:41| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人のぼやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

おやっと思ったこと。

最近、おやっと思ったこと!!


 アメリカ大統領の選挙戦が続いていた最

中、国会で「TPP」が採択されました。


 多分、トランプ氏の優勢が告げられ、彼

「TPP]離脱や「基地負担の不均衡」を、

説で強調していたのを不安に思い、先

制攻撃とでも思ったのか採決を急ぎ、彼

の当選が決まると、日本の首相は、いち早

く会談を取り付け、「米国との堅い親和の

歴史とゆるぎない友好のもとでの外交(ら

しきもの)」をしたと記者会見で述べていた

のが印象的でした。.しかし、どうもしっくり

こない感覚を押さえきれませんでしたが、

案の定、就任後の真っ先の仕事として

「TPP」離脱の意思を明確にしたようです。

日本其の他の国はどうなるのでしょうねえ。


 米国は、フィリッピンから軍事面での撤

退をしましたが、日本は「極東の軍事防衛

の要」として、世界情勢の中で捉えてくれ

るのでしょうか。2017年1月20日、トラン

プ氏の大統領就任以降の世界の構図を

早く見てみたいものです。英国のAU離脱

を含め米国が保護主義に傾き、さらに軍

事的にはロシアの択捉、国後への核兵

器配備など、政治的経済的に急速な変

化が生じている今、今後の見通しとして、

世界の政治・経済の構造がどのように変

わっていくのか不安になります。


 今後、安倍首相には、安易な期待外交

をするのではなく世界の覇権構図を見据

えた外交に手腕を発揮してもらい、政治

経済の模範となる日本国を創ってもらい

たいですね。

ラベル:トランプ現象
posted by かねやん at 17:51| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人のぼやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月06日

コーヒーを楽しむ!!

コーヒーを楽しむ


 幼少の頃は、水や白湯、少し成長して祖母
の淹れてくれるお茶、働くようになって、コー
ヒーという外国のおしゃれな飲み物を飲むよ
うになった。

 今では、さほど問題にされないインスタント
コーヒーを有りがたく飲んだ。

 いつの頃だろう、豆から抽出したコーヒーを
飲むようになったのは。淡い記憶が蘇るのは
大学を卒業して就職したとき、おしゃれな一期
先輩(と言っても、年齢は私より一回りも下)が、
職場にサイフォン(その時初めて知った)を持
ち込み、三時のコーヒーブレイクに出してくれ
たことだ。グラインダーで豆をつぶすときに香
り立つ匂いは、至福そのものであったような
気がする。実験器具のようなサイフォンから
抽出されるコーヒーは、その過程においても、
香ばしい香りが職場一杯に広がり、コーヒー
とはこんなに香りのいい物なのかと認識した
のだった。

 淹れられたコーヒーは、得もいわれぬ香り
と味わいがあった。この先輩は、「○○さん、
砂糖は淹れずにブラックで飲んでくださいね。
本当のコーヒーのあじどうですか」と得意げ
に聴いてきた。返す言葉もなく、ただ、黙々
と、熱く香ばしいコーヒーを啜った。

 渋みや苦みの後のほのかな甘みを感じる
事が出来るようになれたのは、生豆を焙煎
して貰って少量ずつ購入するようになってか
らだと思う。初めの頃は、店主任せであった
が、何年も通う中に店主が「どうですか、そ
ろそろ自分の味は定まりましたか」と、私の
好みを聞いてくれた。その店主は、生豆の産
地や、特徴や農園など丁寧に説明し、私の
好みの豆を好みの具合に焙煎してくれた。
それ以来、豆の購入は、そこと定め足繁く通
ったが、足腰の弱りもあって、最近はそこを
訪れていない。

 この文章を書きながら、私は、豆コーヒーを
飲んだのは、このときが初めてでないのを思
い出した。家庭の事情から高校を中退し、船
会社に勤めたとき、確かパーコレーターで淹
れたコーヒーを飲んでいた記憶が蘇ってきた。
今思うと、その味はきっとMJBだと思う。大学
を卒業して就職し、コーヒーとの衝撃的な出会
いをしたあと、コーヒー愛好会を作り、パーコレ
ーターを購入し、コーヒーが常時そこにあるよ
うになったとき使ったMJBの味は、船会社時
代に飲みつけた味だった。

 私の、器具遍歴は、このときから始まった。
今私はパーコレータを除く殆どの器具を持っ
ている。今常時使っているのは、エスプレッソ
マシーン2台と5万円もはたいて買った水出し
のセットである。一台はポッド専用、一台は
粉専用のものでポッドも使える。
コーヒーで眠れなくなることはないので、夜と
なく昼となく飲んでいる。最近は焙煎をしてく
れる処から豆を購入していない。車もないの
で、そこまでたどり着くのが大変である。近く
のデパートから、出来るだけ新鮮なコーヒー
を購入して、1〜2杯分ずつ豆をひく。軽快に
弾ける豆の音と、立ち上る香りを楽しみなが
ら、手挽きのミルを使う。水は還元水を使っ
ている。器具は気分によって、ペーパードリ
ップ、ネルドリップ、プレス、サイフォン、マシ
ーンを使い分けている。

 「コーヒーを楽しむ」と名辞したが、実は、喫
茶店でコーヒーを飲むのが、勿体ないだけの
ことである。コーヒー一杯に400円払うより、
豆100グラムを買った方が経済的だ。年金生
活では、一杯のコーヒーに4〜500円は、払
えない。これが「・・・楽しむ」の本心である。

 喫茶店独特の雰囲気を楽しむことは出来な
くなったが、家でそれなりの雰囲気作りをして
いる。


 

posted by かねやん at 14:13| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人の誤解、曲解 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

足し算・引き算に悩まされています!!

足し算・引き算を勉強中!!


 一番上の孫が、去る四月、小学一年生にな

りました。入学式に参加し孫の威勢のよい行

を見、感動しました。と言うのも、私の入学

式の事を思い出したからです。私は台湾基

隆市にあった真砂国民学校に入学しました

が、講堂に入り席に着く行進の時に歩行がど

うしてもうまくいかず、右手右足、左手左足歩

行で着席したのをいまでもありありと覚えてい

ます。周囲がどっと笑ったことが私の歩行の

所為だとも知らず、有頂天になって元気よく

行進しました。ところで孫の行進は立派なも

のでした。

 さて、入学式が済んで、10メートルか20

メートルかは知りませんが、かけっこをして

ゴールにある学用品を獲得する競争があり

ました。ゴールの手前でちらっと全体を見た

ところさしてほしい物がなかったのか、少し

ひるんだすきにすべてが無くなり、泣きなが

ら駆け戻ってきたのを覚えています。

 授業のことは余り覚えていませんが、確か

ビタミン剤か肝油を先生からもらい飲んでい

たこととか、習字で「ヒノマル」と書いて提出し

たときの母の特訓とか、図画の授業の時画

用紙を真っ黒に塗って提出し、先生に「なん

の絵か」と聞かれて「夜の絵です 」と答えた

こととか、これが私の国民学校一年生の時

でした。今孫は、結構おもしろいSF的な絵を

描いています。

 いま息子夫婦は共働きなので小学一年の

孫の勉強を見ていますが、私の頃と学習内

容がうんと異なり、国語などは長文もかなり

でています。算数なども、かなり高レベルな

もののように思います。私はいま、孫のため

に、数字の意味や記号の意味 数字の「0」の

意味、言葉の意味等々を理解してもらおうと

毎日奮闘しておりますが、まだまだ、「ことば

」の理解はもとより、記号と言葉のつながり

を理解をさせきれません。 

 私自身、孫にいろいろなことを理解させる

為の言葉に窮している毎日です。
ラベル:
posted by かねやん at 03:27| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 孫のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月24日

昨日は16日祭でした





十六日祭りと言えば、私の幼い頃を思い出し

ます。豊かでない時代に祖父母が工夫を凝

らしてつくってくれた料理を食べるのが楽し

みでした。ラードで揚げた魚の芯の天ぷらが

最高のたべ物でした。日頃はお芋を主食とし

ていた時代です。おかずは芋の葉っぱを具材

としたお汁でした。時々野草で作った和え物

とか炒め物がでたくらいです。いま考えると、

よく成長したものだと思います。

 昨日の十六日祭は、それはそれは大相

御馳走でした。しかし孫たちが、がっつくことも

なく、すきな料理だけを少量たけ食べているの

を観て、「ああ、本当に豊かになったものだ」と

ふとおもいました。

 世間では経済不況や貧困児童の報道が毎

のように報じられておりますが、少なくとも

「日に三度の食事が出来るような行政や政治」

を実現出来る時代を造ってほしいと言う願いが、

この孫らを観て深く願わざるを得ませんでした。
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ラベル:
posted by かねやん at 03:50| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の石垣島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月19日

老いの重荷


老齢を堪え難くするものは

精神、肉体の働きが

衰えていくことではない

想い出の重荷である                 
  
                   (サマセット・モーム)

「人間の絆(Human Bondage)」で有名な作家。

風刺的な作品が多く、心に響く作品が多かったよ

うに思います。昔読んだ彼の作品が本棚の一角

を占めています。ページをめくると、端書きが目立

ちます。確か再読の時なのでしょう。「ああ、あの

ときはこんな事を感じていたのか」と思い出します。

そして今、私は彼(モーム)の言葉のごとく、人生

の中で、施餓鬼となって想い出の世界をさまよい

歩いています。 私がモームに触れたのは中学高

学年の時でした。当時、米国の執政援助で出来た

「琉米文化会館」の施設の一部であった書庫には、

日本文学、外国文学、辞典類、英書がぎっしりとそ

ろっていいました。そのほか、広い閲覧室、資料保

管室、舞台付きホールなどの設備があったのをあ

りありと記憶しております。。 同館の広報活動は

幅広く、読書会、演劇会、音楽会、映画鑑賞会、

クラシック鑑賞会、ジャズ鑑賞会、いろいろな倶楽

部、英語講習会など文化(主にアメリカ文化)や課

外教育などがありました。従って、小学時代から

英語に触れ、音楽を聴き演劇に参加したりしてい

ました。最も、病の母を抱えて家事の手伝いの合

間を縫って、参加していたのであります。まだ、小

学低学年の妹には、私と10歳違いの妹のおもり

を任せていました。 さて、「老齢を堪えがたくする

重荷」を、少しでも軽くするには、いったいどうすれ

ば良いのでしょうか。私は、これら重荷となってい

るいろいろなことを、吐き出すことにしています。

思い出は多くは、天使の羽を付けて私の脳裏を

飛び交います。しかし、時折、仏頂面を下げて迫

ってくるときもあります。そんなとき私は、浄化(カ

タルシス)の意味を含めて短編小説の素材にして

います。 1作目は、心の襞に深く沈潜する思いを、

原稿用紙の;160枚に纏めました。新聞ではいろ

いろと取り沙汰され批判も受けましたが、私にとっ

ては、どうしても通過しなければならない事件でし

たから、短編の名を借りて残しておきたかったわ

けです。そのほか、少年期の悔恨や希望、青春の

恋を、あくまでも私小説として残して起きたかった

わけです。老齢期には悩みがないのか、作品は

出来ていません。いずれ書く素材は出てくるでし

???????o??.JPGょう。
ラベル:重荷
posted by かねやん at 01:11| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人の誤解、曲解 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月18日

「クロや」の続篇をかきたい

 クロや   続篇
 
 本編が終わって3年が過ぎた。そのある日、

台所の柱の汚れを落とすため、カレンダーを

取り外すと、柱に写真が張って有った。それ

は妻の背中で、赤い首輪をして座っているチ

ロという子猫だった。

はっとして写真の子猫をまじまじとみた。「も

しや、この子があの晩息子に着いてきた足の

悪いネコではないか」と。あの黒猫クロが息

子についてやってきたとき赤い首輪をしてい

た。今思うとと顔もチロそっくりだった 。

息子の知らせで、階下の駐車場におりると、足

の悪いそのネコは、私の足に首をすりつけて

きたのを今思い出した。「そうだクロはあの

子猫だったんだ」と私は確信めいた後悔と寂

寥の気持ちで重ぐるしい気分になった。「そ

うだ彼女のことはまだまだ思い出の中に居座

っているのだ」と思った。


 私は彼女のことを、また書いてみたいと思


った。



     
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posted by かねやん at 16:26| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編小説「クロや」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
デイトレーダー